意識中くらい系パンダ

超絶意識低い系無気力人間だったけど最近少し意識高くなった人の話

配偶者が結婚式したい派だったときにどう逃げるか



(前回の続き)



自分は結婚式なんてやりたくないのに、配偶者が結婚式をやりたい、と言い出したらどうすれば良いだろう。

しかも友人をたくさん呼んで盛大にやりたいとか。


私の知人は、結婚式など絶対にやりたくない、というタイプだったが、彼女が「結婚式をやらないなら別れる」とまで言いだしたので、結局別れたそうだ。


それも一つの対処方法だが、普通はそうしたくない人の方が多いだろう。


おそらくだが、海外で式を挙げよう、と提案するのが一つの妥協案になるのではないかと思う。


海外であれば参加者を新郎新婦だけか家族だけに限定した式にしやすい。

海外に行く交通費と時間を友人に負担させるのは通常困難だからだ。

普通であればせいぜい家族までしか呼ばない。

場所が遠ければ遠いほどそうなる。


私の知人にも、結婚式のために友人を集めるのが嫌なので、2人のみか家族のみの海外ウェディングを配偶者に提案して受け入れてもらった、という人が結構いる。

結婚式は友人を呼ぶものだ、と思っている人も、意外と海外ウェディングなら受け入れるようだ。



個人的には例え海外でもやりたくはないが…






自分の結婚式へたくさん参加してもらうには


(前回の続き)


基本的には自分には無縁だと思っているのだが、仮に自分の結婚式へたくさん人を呼ばなければならないことになったとき、どうするのが良いか考えてみた。



まず、どんな人だったら来てもらいやすいか、ということを考えてみたい。
当然、特別に仲の良い友人を呼ぶのがいいのだが、それでは足りない場合だ。

実は、今までに私は結婚式の招待を一度しか断ったことがない。

それは何故か。
一言で言うと、友人が少ないので呼ばれることが少ないからだ。
幸いな(?)ことに、「結婚式貧乏」というものとは無縁だ。

多分、人生で最初に友人から結婚式の招待が来たときは、その友人との関係性に関わらず、好奇心で参加したくなったのではないだろうか。

少なくとも私の場合はそうだった。
最初に招待されたのは正直どうでもいい友人からで、他の人のついでに呼ばれた感じだったが、喜んで参加した。

なんせ、子供の頃は結婚式など大人のすることだと思っていたのに、ついに自分と同い年の人が結婚するのだ。
どんなものか見てみたくなった。

つまり、友人が少なかったり、若かったり、日本に住む外国人だったりなど、結婚式への参加経験が少ない人であれば、薄いつながりしかない人でも参加する可能性が高い。

通常なら嫌がられてしまう人数合わせのための招待も、そういった人達ならむしろ喜んで参加してくれることもあるはずだ。


また、友人ではなくても、会社の上司や同僚であればなかなか参加を断りにくいはずだし、そもそも毎日仕事で顔を合わせている人達なので、仮に仲が良い訳ではなくても、プライベートの顔に多少は興味があるはずだ。
あいつの配偶者は美人やイケメンなのか、どんな仕事をしている人なのか、何歳なのか、など、野次馬的な興味を持つ人も多い。
今まで何回か結婚式に参加したが、たまに学生時代の友人が2、3人なのに対して、会社の上司同僚が20〜30人くらい、というバランスになっている式を見ることがある。


後は、結婚式ではなく、お祝い会、という体にしてしまう、という手もある。
ある友人は、友人に出費をさせるのは悪い、という理由で、ご祝儀なしで参加費8000円のみのお祝い会、というものをやっていた。
これであれば友人同士の単なる飲み会に近いので、嫌がられるリスクは減るはずだ。
その人は友人の多いタイプではなかったと思うが、30〜40人は集めていた。


(次回に続く)



結婚式の断り方


(前回の続き)

結婚式への参加を断ることは、後々の不利益になり得る。

もし自分が招待する側であったとして、どのような断られ方をしたらまだマシか、ということを考えてみた。


a. 「大事な予定がある」とだけ言って断る
b. 「他人の結婚式の日程と被った」と断る
c.  「親族が危篤状態」と断る
d. 「なんらかの試験日」と断る
e. 「インフルエンザに罹った」といってドタキャンする


まずaについて。
もし、大した付き合いもない友人を人数合わせのために呼んだのだとすれば、「用事がある」だけで断られてもショックは大きくないだろう。
むしろ来たらビックリするくらいかもしれない。
悩まないといけないのは、今後も付き合いが必要な相手のときにどう断るかだ。
断り方のバリエーションもそんなに多くないので、どうでも良い相手にここ一番の断り文句を使わない方が良い。
今後滅多に会わないなら上記で十分なのではないか。

bついては、何度も使えないが、実際にやっている人を見たことがある。
ある人は奥さんの兄弟の結婚式と被ったと言っていた。(嘘の理由ではなく本当かもしれない)
会社の同僚の結婚式であったが、一応謝っていたので、多分そこまで気にされていなかったと思う。
少なくとも自分だったら「何故自分を優先しないのか!」とはならないし、仕方ないと思うだろう。

cについては、実際に私が使ったことがある。
ただし、嘘ではなかった。
友人から結婚式の招待が来たとき、私の父は危篤状態になっていた。
友人の結婚式は数ヶ月後だったが、そのときに父がどうなっているか分からない。
もし亡くなっていたら、他人の結婚式に出席して「おめでとう」の言葉を連発することはとても辛く思えた。
なので不参加の返事を出した。
実は私が結婚式への招待を断ったのは、今のところこのときが唯一だ。
友人もこの内容で断られて恨むことはできないだろう。
むしろ可哀想だと思っていたはずだ。
実際、友人の結婚式の1ヶ月前に父が亡くなったので、断っておいて良かったと思う。
そして喪中のはがきも出したので、多分嘘だとは思われていない。
嘘であれば不謹慎だが、ここ一番では使える方法だ。

dについては、有名な試験だとネットで調べたら分かってしまう。
例えば、社内の昇格試験の日とか、業界関係者で行うビジネスアイデアコンテストの日とか、適当なものを作ってしまう、という手はある。
人によっては、口には出さないまでも「それより友人の結婚式を優先しろ!」と内心納得しない人もいるかもしれない。
だが、仕事熱心な人が相手であれば、「人生がかかっている感」を出されたら許さざるを得ないと思う。

eについては実際に見たことがある。
厳密には、インフルエンザではなく、「忘れていた」と言って来なかった。
流石に「忘れていた」というのはかなり最低なので、「インフルエンザに罹った」という方がまだマシだろう。
この場合、ご祝儀満額支払いは免れるらしいが、食事等の準備が無駄になったお詫びとして、1万円くらいは送っておくのがマナーらしい。
通常はインフルエンザの患者に出席されると困るので、むしろ来るな!、となるだろう。


(次回に続く)



結婚式という風習がもたらす苦悩



特に仲が良い訳でもない友人の結婚式に呼ばれることがある。

世の中には結婚式を盛大に行いたいというタイプの人もいれば、全く結婚式に興味がない人もいる。
前者のタイプの夫婦が手当たり次第に知り合いを呼んでいるのかもしれない。
または、一応呼ばないとかえって友人に悪いと思っているのかもしれない。

そして行くつもりのない結婚式に呼ばれてしまうと、断り方に悩むことになる。
「結婚式貧乏」という言葉があるらしいが、式に興味無いし、お金や時間が勿体無いから断りたい、というのが参加を断りたい多くの人の本心なのだろう。
だが、正直にそのまま理由を言ったらサイコパス扱いされてしまう。
断り方に問題があると、後々不都合が生まれる可能性がある。


以前、このようなことがあった。

学生の頃、私を含む8人ほどで時々集まる友人グループがあった。
そのグループの中で最初に結婚したのは友人A。
Aの結婚式にはそのグループのほぼ全員が参加していたが、友人Xだけは不参加だった。
Aから連絡しても返事がなかったそうだ。

その約2年後のある日に同じグループの友人Bが結婚式を挙げ、その翌週に友人Xが結婚式を挙げる、という状況が起こった。
友人Xは自分の結婚式へ招待するために再び連絡を取ってきたのであった。

ピュアな私は特に気にせず、友人Bと友人X両方の式に出席した。
友人Bの式には友人Xを含め、そのグループの人が全員参加していたが、友人Xの式に参加したのは私を含めて3人だけだった。
つまり、友人X本人を除く7人中4人が欠席していた。

やはり友人Aからの結婚式の招待を無視したことが理由なのだろう。
もちろん友人Aは不参加だった。
さらに、ほんの一週間前の自分の式に参加してもらっていたはずの友人Bも「自分の結婚式をしたばかりなのでちょっと行けない」という分かるような分からないような理由で欠席していた。
欠席した4人はおそらく事前に連絡を取り合い、互いの欠席を確認していたのではないかと思う。

なぜ友人Xは友人Aの結婚式に出席しなかったのか。
私の予想では、友人Xは元々結婚式になんて興味なかったのだと思う。
しかし、その後、見栄っ張りな人と結婚することになったので、友人をたくさん集めざるを得なくなったのだろう。

このように誰かの結婚式の誘いを無碍に断ると、自分が結婚する際に困る可能性がある。

結婚式という風習があることによる悩みは人それぞれだ。
タイプ別にいうと、典型的には下記のような悩みが発生すると想像できる。

(1)友人が多いタイプ
     →結婚式に呼ばれすぎて困る
(2)友人が少ないけど結婚式に憧れるタイプ
     →自分の結婚式に人が集まらなくて困る
(3)友人が少なくて結婚式をしたくないタイプ
     →配偶者が結婚式をしたいと頑なに主張してきたときに困る

ちなみに、上記の分類で言うと、私は(3)に入るが、無理に結婚式をさせられるくらいなら結婚自体をやめるという考えなので、それほど悩むことはない。(すごいだろw)

だが、困っている人は案外多いようだ。

どう対応するのがいいのか、今までの経験や周りの事例から、自分なりに考えてみた。


(次ページに続く)







家族旅行すら断っていた無気力人間


私が最後に両親と旅行へ行ったのは、私が小学生のときだった。


私の家が特に貧しかったとか、中学生のときに両親が亡くなった、というわけではない。

ただ単に、私が家族旅行を嫌がったのだ。


家族だけで旅行に行ってもつまらない、それならゲームでもしていたい、と思っていた。


そして、おそらく自分の家族だけで旅行に行ったのは、小学2年か3年のときが最後だったと思う。

それ以降は私の友人も一緒に連れていってもらっていた。


もちろん友人の分の宿泊費等は友人の両親に出してもらっていた。

しかし、大人になった今考えると、他人の子供を旅行に連れて行くというのは、万が一のときの責任も発生する上に、相手の家庭の懐事情も鑑みて宿泊先等を決めなくてはならず、本心ではかなり面倒だったと思う。

仮に私が親の立場だったら確実に断っている。

そうでなければ私が旅行に行かないので、仕方なく了承したのだろう。


両親としては私が幼いうちに旅行に連れて行って思い出を作りたかったのかもしれない。

あるいは、子供のうちに旅行へ行くことも、私にとって将来役に立つ経験の一つと思っていたのかもしれない。


高校生になると、父が仕事で1週間ほど海外へ行くので母とともについてこないか、と言われたが、それも面倒だと断った。

そのとき、母は海外へ行くことも経験しておいた方が良い、と説得しようとしたが、当時の私には響かなかった。

学校の修学旅行も国内しか行かなかったので、結果的に20代になって初めて海外へ行くことになり、やはり準備の仕方が分からずそれなりに困ることになった。


最後に家族だけで旅行に行った先は、おそらく福井だったと思う。


父は釣りが好きだったので、ときどき一人で海に行っていたし、家族で海に行くこともあった。

家が太平洋側にあったので、それまでは夏休みに海へ行くとなると、必ず太平洋側の海へ行っていた。

いつも行っている太平洋側に行ってもつまらない、日本海側へ行きたい、と私が言ったので、初めて日本海を見に行くことになったのだ。


日本海側は岩場が多いが、水が透き通っていて海の底が見えるくらいだった。

それまで見ていた太平洋側の海は、常に濁っている。

海ってこんなに綺麗な場所もあるのか、と感動したのを覚えている

未だに行ったことはないが、沖縄やタヒチとかの海はもっと綺麗なのだろう。


父はもう亡くなったので、それが両親と家族だけで旅行に行った最後の思い出となった。


大学進学に際し、私は家を出て一人暮らしを始めた。

それ以降、実家に帰るのは多いときで年3回、少なければ年1回だった。

一般的な親子と比べると、父と一緒に過ごした時間は短い方だろう。


せめて子供の時の家族旅行くらいもう少し行っておけば良かったと思う。


お節介ながら私と同じように家族旅行をいつも断っている人がいたら、是非たまには行くことも検討してみてほしいと思う。



珍しく海外に行ってみて



今年は仕事でアメリカへ行く機会があった。

去年まではあまりなかったことだ。


私は今まで、英語学習に対するモチベーションが低かった。

まず、外国人と英語で話をする機会は、私にはほとんどなかった。

一方、英語の読み書きであれば、多少時間をかければ完璧ではないにしても調べながらなんとでもなるし、契約などの重要な場面では専門家を呼べばいい、と考えていた。


だがアメリカへ行ってみて、やはり英語を話せるようになりたいと思った。



私も同僚も英語が拙いので通訳付きで行くのだが、その通訳が何故かあまり翻訳してくれなかったりする。


こちらが日本語で話せば当然通訳してくれるのだが、相手が英語で話してもたまにしか通訳してくれない。

どうしても分からなくて通訳をお願いするとようやく訳してくれる。


また、雑談の際はたいした内容でもないので、やはり通訳してくれない。

そうなると、自分の英語力の無さに打ちのめされることになる。


英語力のない人間にとっては、英語の環境は非常に疲れる。

私の同僚も、私よりは英語がマシな人もいるが、やはり疲れるのは同様だろう。

少なくともビジネスの話は通訳なしでは成り立たない。


一方、通訳は楽しそうに現地の人と英語で雑談していた。

現地の人は、性別、年齢も様々だが、数日経つ頃には皆と仲良くなっていた。

通訳は日本人の男性で、一時期海外に住んでいたことがあるそうだ。


その人の人柄もあると思うが、言葉が喋れれば案外簡単に現地の人と打ち解けられるものなんだな、と感じた。

正直、女性なら優しくされることはあっても、アジア人の男性が英語を喋れるくらいでそんなに簡単に受け入れられるとは思っていなかった。

それを感じられただけでもアメリカに行った価値があったと思う。


だが、それ以上に重要なことは、彼らが非常に貴重な情報を持っているということだ。


なんせ彼らにとってイノベーションお家芸みたいなものだ。

素晴らしいベンチャー企業がたくさんある。

日本語による情報発信がされていないものも多いだろう。


ビジネスのコンサルタントがクライアントに何かしらの提案をするとき、「別の業界で当たり前の手法をクライアントの業界に適用する」「他の国で成功した手法をクライアントの業界に適用する」という、ある意味転用しただけのアイデア提案をすることが多い、と聞いたことがある。

といっても、他では当たり前だったとしても、クライアントが知らなければ有益な情報だろう。


これと同じように、米国等海外のイノベーティブな情報をいち早くキャッチし、それを日本で紹介できるだけで、一気に人材としての価値が上がると思う。

英語が話せることは、ある階層の人たちにとっては当たり前なのかもしれない。

しかし、そうでない集団の中にいれば、やはり価値は高いだろう。


私はゼロをイチにするアイデアを出せる人間が一番価値が高いと思っているのだが、1人の人間がアイデアを出すスピードにもやはり限界がある。

外から見ると、ズルいが情報の横流しの方が有益なのかもしれない。


そうなってくると、英語を無視できなくなってきてしまう。

正直、面倒なので勉強したくはないが。。




努力をしなかったことで不利益を被ると、努力の価値に気付く

今週のお題「わたしのモチベーションを上げるもの」



昔の私は他に類を見ないほどの無気力人間だった。

いや、今も完全に治っているわけではないのだが…


例えば、一人暮らしをしていた頃は、ベッドから起き上がりたくないがために、ご飯を何も食べずに過ごす日がよくあった。

もちろん、風邪だった訳ではなく、ただ単に怠かったのだ。

特にハードな活動をした後でもないのに、起き上がるくらいなら空腹でいい、と考えて2日間寝続けていた。


また、特別何かを頑張ったという経験もなかった。

勉強もいい加減、運動にも興味がなく、部活は入部後3日だけ参加してその後は行くのをやめた。

それにコミュニケーション能力が高くて友人が多いといったタイプでもなく、アクティブに遊んで過ごしていた訳でもない。

ただゲームをやるかぼーっとして過ごしていた。


一方、一応そこそこ人気企業だったらしい自分の会社の中で上司同僚後輩達を見ると、就活を勝ち上がるだけあって、やはり何か頑張った経歴を持っている人が多い。


分類すると、大枠下記のようなタイプだ。


⑴「勉強も運動もそこそこ頑張ってきました!」という文武両道タイプ

⑵「とにかく勉強だけは頑張ってきました!」というガリ勉タイプ

⑶「勉強はできないけど部活で実績を残してきました!」という体育会系タイプ

⑷「研究で賞を取るなどの実績を残しました!」「海外経験が豊富です!」等の特殊能力タイプ


非常に定性的だが、大抵の人は⑴⑵で、チラホラ⑶⑷がいる、といった具合だ。


私はこの4つのどのタイプにも当てはまっておらず、何かの間違いで偶然入社してしまっただけの人間だった。


そのため、入社した頃、私は同僚達のモチベーションの高さ、社会適合性の高さに驚いた。


まず、上司の言うことにはよく従うし、会社の細かいルールにもよく従う。

基本、偉い人や人事の言うことを聞くことが生き残る必要条件と認識した上での行動だと思うが、仕事自体はもちろん、しょうもない飲み会の幹事ですらとにかくしっかりやろうとする。

さらに、コミュニケーション能力にも問題なく、見た目も比較的良い人が多い。


そして目の前の仕事をこなすだけでなく、自己研鑽にも積極的だ。


私生活も真面目な人が多くて、男性は早く結婚する人が多い。(忙しいからか女性はどちらかというと遅くなりがち)

ステレオタイプな見方だが、「いい大学に入っていい会社に入り、結婚して子供を作るのが良い人生の最低条件」という考え方をしているように思う。


いい大学を出ていたり、体育会系で鍛えられた人は、我慢強い人が多い印象だ。

本人は頑張っていないつもりでも、無気力人間の私からすると、よく耐えられるな、と感心してしまう。


私は仕事についてはそれなりに楽しんでいたし、頑張っていたつもりではあったが、周りから見ればまあ緩い仕事ぶりだったと思う。というか、それは今でもあまり変わっていないが。。

フレックスタイムをふんだんに使って上司よりもはるかに遅く出社し、出社後はまずデスクの引き出しに入れてあるお菓子を食べ、メールの確認を始める。

朝は煎餅、昼はチョコレートがお菓子の定番だ。


さらには飲み会の幹事を任されたのに理由をつけてサボったりしていた。


私は出世には全く興味がなく、自分が興味のある仕事をやらせてもらえてさえいれば、給料が低くても全然問題ないと思っていた。


割と歳が近い人から見ると出世欲がなく敵にならなくて都合が良いという考えもあったのか、単純に面白がってくれていたと思う。


だが上位職と人事にとっては掴みどころがなくてイマイチ言うことを聞かない、使いにくい人間だっただろう。


入社して数年経つと、昇給や昇格に差がつき始める。

やはりどちらかというと私よりは他の同僚の方が昇格、昇給が早かった。


当時の私は、それだけであれば、それほど気にしなかっただろう。


ところが、年次を重ねていくと、昇格の有無に関係なく、役職に着くまでは結局同じような仕事を任される。


自分より上の職制の人の方が楽な仕事をして、自分は給料が安くてもハードな仕事をさせられる、といったことも当然起こる。


同期が昇格し、私が昇格しなかった年、私がしていた仕事は、睡眠を毎日2、3時間しか取れないほどハードで、仕事内容も私が興味が持っていたものではなく、さらにその分野の専門家ですら出来ないと諦めた困難な課題を絶対に解決しなければならない挑戦的な内容であるにも関わらず、成功しても大して評価されない、という、複雑な事情で最悪な内容のものだった。


こんな扱いを受けるなら少しは努力しておいた方がよい。

全く何もしないのと比べたら、少し頑張るだけで、段違いの効果がある。


前向きな活動の方が、追われて仕方なく対処する活動より、精神的な負担が少ない。