歳を取ることへの恐怖

今週のお題「星に願いを」



子供の頃、歳を取ることが恐怖だった。


大人になればそれほど楽しいことはもうないだろう、仕事や家庭の責任が重くて息苦しく、嫌なことばかりの毎日になるだろう、そう思っていた。


なにより、自分が大人になったからといって、何か特別な人間になることはもちろん、まともな大人になれる気すらしなかった。

何もできないのに老けた自分をイメージすると、どうしようもなく虚しい存在に感じられた。

何の役にも立たないのに許されるのは、未来がある子供だからだ。


歳をとることへの恐怖は大人になった今でもある。

だが、考え方は少し変わった。


大人になっても楽しいことはある。

意外と仕事も楽しかったりする。

もちろん仕事を辞めたいと思うことは沢山あるが、悩みながらも自分でアイデアを出しながら新しいものを生み出したり、問題解決したりすることは楽しいものだ。

少しは適正が認められたからそういう仕事ができるようになった面もあるのかもしれない。


それに責任を負うことによって、ある程度の自由が手に入る場合もある。

また、責任を負うことが、収入をあげたり、より価値の高い仕事をするための条件になる場合も多い。

そして責任を持つといっても、大抵の場合、大きな失敗をしたからといって仕事をクビにされることはあっても殺されはしない。

責任を負うことにも子供の頃よりは前向きになった。


今現在、自分が年齢に見合う能力を身につけているかと考えると、あまり自信がない。

だが、社会に出てからは意欲的に頑張る人たちに影響されて、少しは成長するようになった気がする。


学生のうちはまさに意識低い系のトップを走る人間で、何事にも本気で取り組まなかった。

今にして思うと、それが歳を取ることへの恐怖を加速していたのではないか。


健康、体力、見た目の良さ、人生に残された時間、親…

人間は歳を取ると失うことが多い。

歳を取った分、出来ることや楽しみを増やしていかなければ、当然失うことの方が多くなる。

歳を取ることが怖くて当然だ。


重ねる歳に負けないようにできることを増やしていく。

それが唯一、歳を取る恐怖から逃れる方法ではないか。




今は忙しく働いていても何とかなる。

周りを観察した上でのイメージだが、おそらく40代中盤くらいまではある程度無理な生活にも耐えられるのではないか。

でも50代、60代になれば体力的にそうはいかないかもしれない。

それなら自由と経済的な余裕を確保しつつも、無理なく成果を出せ、それを周囲に認めさせる力と立場が必要になる。


歳を取っても今より楽しく過ごせる能力や立場を手に入れる。

それが私の願いだ。