意識中くらい系パンダ

ゆるい会社員の希望と絶望。会社を使い倒して自己研鑽中。

右脳を鍛えようとしたらコミュ障になった話

今週のお題「ブログ初心者に贈る言葉

 

子供の頃ほとんど本を読まなかった私だったが、あるとき珍しく人間の脳についての本を読んだことがあった。

 

その中で、現代人は左脳をよく使っているけど、実は右脳の力の方がすごいんだということが書かれていた。

 

論理的な左脳に対し、右脳はイメージ・感覚で物事を処理する。

例えば、1枚の画像を言葉で表そうとすると、何百行何千行あっても完璧にはできない。

だからイメージで処理する右脳は高速なんだ、というようなことが書かれていたと思う。

 

天才と言われる人達はあまり言葉で物事を考えず、右脳を使ってイメージで考えているという。

 

子供の頃の私は、どちらかというと言葉で説明するのが上手い方だったと思う。

友達の家に遊びに行くと、まわりの子供がお父さんお母さんに前提も話さず下手くそな説明をするので、それを補って説明してあげることがよくあった。

子供だから自分も上手い訳ではなかったはずだが、まわりの子供はなんでこんな下手なんだろうと思うことがあった。

 

だが、その本を読み、言葉を使う左脳よりも右脳にそんな力があるというなら、意識的に使ってみたくなった。

 

具体的にどうしたか。

普段の生活の中で、言葉で考えることを極力減らしてみた。

それもけっこう長い間そんなことをしていた。

数日というレベルではなく何年という期間だ。

 

何か考えようとするとどうしてもある程度言葉は出てきてしまうのだが、徐々にその割合が減り、言葉が浮かんでいないのに考えられることが増えてきた。

また、気のせいかもしれないが、そのときは芸術的な能力が少しだけ表れてきているような感覚もあった。

 

確かに本当に上手く頭が回っていて、アイデアが溢れ出るような状態のときは、言葉の割合が少ないように今でも感じる。

といっても、それが私の右脳への取り組みによって出来るようになったことなのか、取り組みなどしなくても出来たことなのかはよく分からなかった。

結局効果はあったのだろうか?

 

だが、そんなことより本当はもっと大きな問題を引き起こしていた。

 

普段から言葉で物事を考えていれば、他人に言葉で説明することは比較的簡単だ。

ところが言葉で考えないように長いことしていたので、何か話したいことがあってもすぐに言葉にできず、著しく説明下手になってしまった。

 

一人でいる時間も長かったので、話をする機会が少なく、そのことがさらに説明下手を加速させた。

元々は一人でいるのが好きなだけのつもりだったが、だんだんと本当のコミュ障になってきていた。

 

学生のときはそれでもまだなんとかなる。

だが、社会人になると結構キツい。

 

会議でもその他の仕事中の会話でも、複雑なことを明確・簡潔に説明しないと相手がイラついてくる。

どれだけ高速処理で素晴らしいアイデアを考えたり深い知見を手に入れても、上手く説明出来ないと優秀とは認めてもらいにくい。

たまに「本当に頭の良い人は誰にでも分かりやすく説明できる」ということを言う人がいるが、私に馬鹿だと言っているように聞こえた。

 

社会人になってからリハビリのような日々を続けたお陰で、まぁ一応まともにはなってきたと思う。

今も一人は好きだが、仕事でもプライベートでも前よりは人と話をする機会が増えたからだ。

 

それならたくさんの文章を書くことでも言葉にする力は鍛えられるのではないか。

 

昔、携帯メールが普及し出した頃、頻繁にメールを書くことで若者の文章力が上がっているというニュースがあったらしい。

 

ブログを書くことで文章力が向上してくれたら良いのだが…